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スーパーカブ110Lite
バイクに乗っての試験ナシ、ペーパーテストをクリアするだけで乗れる原付。というとこれまでは50ccだったが、「50ccのエンジンでは厳しくなる環境基準をクリアできない」だとか、「日本市場専用になってしまう50ccを作ることにメーカーは積極的にできない」などの問題でついに国内メーカーから50ccはなくなってしまった。だが原付免許で乗れる新車が手に入らないと言う状況はクリアしなければならない。 その打開案として出力は4kw以下に抑えたエンジンを搭載した車両は従来の原付免許で運転可能と改正がなされた。 4kw以下エンジンの新基準原付。その第一弾、ホンダから発表された4車種のうちの一つが スーパーカブ110 Lite。排気量は110cc、車体も原付2種小型自動二輪Verと共通。前後フェンダーにある白い識別ラインや後席のステップは省略される。 4kw以下にパワーが制限されるネガティブさは感じることはなく、ゼロ発進から加速の仕方はスムーズでストレスフリーな印象だった。 試乗コースでは、メーター内の速度警告灯はすぐに点灯していた。低中速域での使い勝手は好印象。


ロイヤルエンフィールド GOAN CLASSIC350
短くカットしたフェンダー 高く上がったエイプハンガーハンドル ホワイトリボンのタイヤで雰囲気はガラリと変わる。クラシック350をベースにボバースタイルにカスタムされたモデル。ゴアンとはゴア生まれと言う意味。ゴアとはインドのリゾート地だそうだ。


ドリームCB750FOUR
SOHC4気筒750ccエンジン。この車両を初めてみた本田宗一郎が「こんなでかいの誰が乗るんだ」とが言った。と言われる。 一説には「ナナハン」という言葉もこのバイクの登場があったからだとか。油圧ディスクブレーキを市販車に採用したのは世界初。 4本出しのマフラーから奏でられるエキゾーストノートは特に初期モデル「K0」のサウンドは素晴らしく「無番」と呼ばれる初期型についていたマフラーに付け替えるオーナーが多かったとか。マフラーを付け替えるという点では、直列4気筒は集合菅にカスタムしがちだがCB750FOURはノーマルのこの形を保っている車両が多い気がする。 ヨーロッパそして北米までトライアンフが勢力を伸ばしていた大型バイクの市場を一気に塗り替えたのも、CB750FOURによるもの。 と、数々の逸話をもつCB750FOUR 50年以上時が経っても、未だ輝きは衰えない。


CB1100R
CB750Fの輸出モデルCB900Fそこからさらに排気量アップしたレースを意識したモデル。展示車両はハーフカウルとシングルシートを備えたRBと思われる。RBはレースホモロゲーションをクリアする台数1050台が作られた。専用の鍛造ピストン、小型化されたジェネレーター、プライマリーチェーンも強化された。RCではフルカウル化、アルミ製燃料タンク、(ホイールサイズも変更、デザインも「コムスター」から「ブーメラン」へ)RDではスイングアームも延長されて年を追うごとにモディファイが進んだ。


RC212V
2009年型RC212Vレプソルホンダチーム ダニ・ペドロサ車。2008年まで毎年新設計のマシンだったが、2009年は前年の熟成Verとなる。ペドロサは08シーズン途中にミシュランからBSにタイヤメーカーをスイッチ、09シーズンはmotoGPはBSのワンメイクとなる。BSに車体を合わせる作業は09シーズンに入っても続き、サスペンションをショーワから他チームが使用するオーリンズに変えるなどの大幅な変更も図られた。シーズン前に負ったケガで前半は震わなかったダニだった後半は復調しランキング3位、レプソルホンダ移籍1年目のアンドレア・ドヴィチオーゾが1勝しランキング6位。


ドリームCB400Four
ドリームCB350Fourのエンジンを408ccまで排気量を上げ1974年にリリース。CB400Fourは現代運転するには普通自動二輪免許で運転できるものと、大型自動二輪が必要なモデルが存在する。免許制度の狭間で「398cc」と「408cc」のエンジンがある。 フラットなハンドル、後退したステップ、集合マフラーなどカフェレーサー要素が取り入れられた。メタリックではなくソリッドな塗装や立体ではないエンブレムも「カフェレーサー的な軽量化」なのか「製造コストの削減」だったのか。


VFR750R RC30
モデル名よりも型式を言って伝わるバイクで最も有名な1台なのでは? レーサーレプリカブームの頃、ワークスレーサーRVFそのものが市販された。VFR750R RC30 名車を語る際、「当時クラウンがいくらだった時、2000GTは何倍のいくらだった」「ハコスカGT-Xがいくらだった時、GT-Rはいくらだった」と度々語られる。このVFR750Rは148万円。限定1000台で発表された。(最終的には4900台のRC30が作られたとか)当時販売されていたVFR750F(RC24)は849,000円だった。148万円というプライスは、その作りを見れば、価格以上のもの。チタン製コンロッド、FRP製カウル、クロモリ製カムシャフト、アルミタンクなどなど、贅沢な材質のパーツが多く使われ、それらを手組みで作られたとか。PRO-アームもRC30が市販車初採用。 サーキットに振ったRC30は、世界中のプライベーターがレースにエントリーし、スーパーバイク選手権や世界耐久など数多く成績を残した。 このように、レースを強く意識したマシンは、YAMAHAからはFZR750R(OW-


CB250T HAWK
ホンダ熊本製作所にある、ホンダ熊本ウェルカムパークに展示されている。 CB250T「ホーク」OHC並列2気筒250cc 後期モデルにはコムスターホイールVerもあった。発売当時は共通部品を多く持つCB400TホークⅡの弟分と位置付けられることも多かった。ただ後のヒットモデルREBELの祖先と考えるとCB250T無くしてREBELは出なかった(かもしれない) CB400T ホークⅡはCB400Fourの後継モデルで4psパワフルだった。現代を生きる者からすると「4気筒モデルの後発が2気筒?」と思ってしまうが当時のホンダの考えはそうだったのだろう。実際400FourよりホークⅡのほうがスポーティーだったという記事もみられる。 CB400Tに、さらにフロントブレーキのWディスク化、フラットなハンドルバー、バックステップ、6速ミッション、足回りのスポーティーさを増したモデルCB400N「ホークⅢ」がその後発売された。 すっかりホークⅡの話ばかりになってしまったが、当時そこまで人気車種ではなかったホークが令和になって高騰するとは誰が想像しただろうか。


NSR250R SP MC28
MVX250 NS250R NSR250Rと進化を続けたホンダ2stロードスポーツの最終形。 NSRとしてもこれがファイナル。スイングアームは片持ちのPROアームを採用。金属の鍵ではなく、メーター裏にカードを差し込むタイプに。「タイプに」といってもこれ以外で見たことがない方式。カードキーの代わりに別売りのHRCのカードを刺すとマップが変更されフルパワーになるというものだった、しかしそのためには公道では使用しない旨(廃車証明)を届けなければならなかった。SEでは乾式クラッチが使用され、SPでは加えて、マグネシウムホイールまで装着されていた。


ホンダ熊本ウェルカムパーク
熊本県大津町にあるホンダ熊本製作所に新しい施設が完成した。 ホンダ熊本ウェルカムパーク 元々は従業員の福利厚生施設だったが、一般公開されるようになった。しかも入場無料。 「クマセイ」を訪れた記念写真もバイクを置いて撮影できるようなフォトスポット、バイク専用パーキングも備えている。 建物の中は、くつろげるソファーが置いてあったり、なかなか近くで見る機会が少ないホンダ製品の展示があったり、そのディスプレイの仕方も「街角」「サーキット」「畑」をイメージした各ゾーンに置かれているのでそこでの記念写真もなかなか楽しめる作りになっている。 RC211Vの車体もエンジンも間近にみられる。 発売前に丸山浩選手のライドでHSR九州で行われた「鉄馬」に参戦、デビューウィンを遂げたCB1000Fを展示 ホンダのレジェンドライダー フレディ・スペンサーもここを訪れている。その際に残したサイン。 CBR1000RR CB1000RR-Rのバラしたエンジンやカットしたフレームをこのように見比べられるのも貴重。手にとって重さ(軽さ)を体験できる。備え付けの手袋まで準備されてい
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